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2016-03-24(Thu)

「ハッピーボイス・キラー」

ハッピーボイス・キラー

2014年アメリカの作品。

キュートでポップで首ちょんぱとか言ってますが、見た目だけ。
中身は全然違います。こんなに悲しい映画久しぶりだ。

主演はライアン・レイノルズ。初めて見ましたけど、上手でした。

主人公は、アメリカの片田舎の工場で働くジェリー。
一見人当たりのいい青年なんだけど、
非常に深い孤独にとらわれているし、
飼っている犬や猫と会話するし、
精神に重大な問題を抱えているのです。

主人公ジェリーの尋常じゃない心の壊れ方を、
重苦しくない映像で描き切っているのがまずはすごい。
コメディとして見られるようになっているのが非常にすごいと思いました。

ちょっとね、ハンパないんですよ。ジェリーは普通ではないんです。
悲しい生い立ちがあって、心が壊れたまま大人になってしまって、
なんとか自立して暮らしたいと願いながらカウンセリングにかかっているんだけど
薬で安定がもたらされると、普段見ないようにしている孤独が容赦なく目の前に突き付けられすぎてしまって、
それが辛くて、自分の世界に逃げて、悲劇を重ねてしまう。

そういう物語でした。

原題は「THE VOICE」。映画そのままを現したいい題名だけど、これを「ハッピーボイス・キラー」にしたのはお見事。珍しくいい感じの邦題だなって。


ジェリーの世界は、ごく普通に生きている大勢の感覚からすると壊れきっていて、彼だけに都合のいい危険極まりないものなんです。
彼が生きていくために必要な、すごい補正が入ってるんです。
彼が見ている光景や匂いですら問題なくなるほどの強い補正がね。
世界のバランスをぐーっと自分の方にたくさんたくさん引き寄せないと生きていけない、本当にかわいそうな男なんです。

子供のころに受けた傷が深すぎて、健全な精神がはぐくまれなかったら、その責任は本人が負うべきでしょうか?
ジェリーが通っているカウンセラーの先生はそれをわかっていて「傷つけないでくれ」と願いますが、だけどそれも、ごくノーマルに暮らしたいだけの人間にはとんでもない話でしかなくて。

同情はできるけど、許容はできない。
これは当たり前で、罪悪感を覚えるたぐいのものじゃないんですけど、それでもジェリーの人生はどうしようもなく悲しくて、あまりにも満たされていなくてかわいそうなの。


この映画から感じるのは、虐待の罪深さとか、幼少期に与えられる愛情の尊さだけじゃなくてね。

人の心は、世界に対応するために絶えずその人なりの補正がかかっているってことなんじゃないかなと。
嬉しいとか楽しいとか、幸せな時はいいんです。
だけど辛くてたまらない時、寂しくて耐えられない時、苦しくて逃げだしたい時に、心をなんとかするために、これは仕方がないんだとか、嵐はいつか過ぎ去っていくとか、自分の心にあきらめをつけさせるもんだと思うんです。そうやって、人間は理不尽や苦痛、試練なんかを、乗り越えるエネルギーにしたり、なんとかやり過ごしているんだなって。
そういうことを再確認したのが一つ。

あとは、世間で起きる理不尽な事件の犯人がいたとして、「心の闇」なんて表現を昨今ではしますけれども、そういうものに「理由なんかない」だろうなって。

彼らは自然に生きていくために、ただ必要なことをしているだけで。
最終的には「人を殺してみたかった」なんて言葉でまとめられますが、そこに至るまでの精神の道のりは、他人にはわかりっこないんだろうと思います。

そういう理屈じゃない世界をわかりやすく見せてくれた映画でした。

主人公のジェリーは、善悪の判断がつく男なんですよね。
自分を傷つけた人間も、傷ついて壊れた原因も全部わかっていて、
それでなんとかしたくて、ちゃんとカウンセリングにもいって、
仕事もして、恋もするんです。
なにか悪い流れになりそうな時には、善の心が囁いてくれる。

だけど、ただ自分が我慢するだけでは生きていけなくなっちゃって、人生は崩壊。
そこに至るまでに随分多くの犠牲者がでてしまって、
本当にやるせなくてたまらない話なんですけど。

ジェリーはある程度まともなので、同情が多く湧き出してくるんだよね。
飼い犬の言葉は彼の内なる善。猫の囁きは、無意識に抱えている怒りや恨みからくる、邪悪な願望なのかな。
一生懸命善の心に従おうとするのに、壊れたジェリーには無理。
死んだ母親から最後に与えられた教えが、ジェリーの不幸に拍車をかけているっていう本当に悲しい展開でなあ。なんかもう、どう受け止めたらいいのかわからないくらい悲しかった。

最後の最後に、ジェリーはすべてを許されます。
それも、彼が望んだからだと思いました。

誰もかれもが自分を肯定し許される、光に包まれたとても明るく楽しい世界へたどり着く。
やっと、自分を苛んできた「孤独」という名の牢獄から解放されるんです。

こんな運命を辿らなければ得られなかったであろう明るすぎる世界がね。
虚しくて悲しくて、だけど、良かったねっていう気分もあって。

生きていく上で人が抱える、たくさんの思考と無意識がもたらすものについて、深く考えさせられる作品でした。
こういう話なのに、見やすいっていうのがいい。
なんも考えずに見られるところもいいです。
なんにも考えずにみるとすっごい楽だし、人によっては「面白い!」っていうんじゃないかな。

見やすいと言ってますが、グロテスクな表現もいっぱいありますよ。
公式のキャッチフレーズが首ちょんぱなので、そういう事件は起こります。苦手な人には勧められないです、はい。
ただ、直接的なグロじゃないので。見せ方に工夫があるので、見やすいと表現してみました。


もうちょっとむちゃくちゃな話だと思ってたので、驚きましたが、非常にいいものを見たなって満足です。はい。
あと、レンタルで借りようとしたらDVDしかなかったのでDVDで見ましたが、画面の雰囲気的にブルーレイよりDVDの方がいいんじゃないかなって思いました。
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2016-03-22(Tue)

「ジョン・ウィック」

ジョン・ウィック

キアヌ・リーブス主演で去年とにかく見に行きたかった一本。
だけど映画館に行けなくて、
というかかなり近所に映画館があるんだけど
地域柄なのか家族向けばっかりのひよったラインナップなんだよね。
こういうバイオレンスなものはやらないんす。
それで見に行く機会を逃したのでウキウキでレンタル。

物語はとにかくシンプルで、
伝説の殺し屋であるところのジョン・ウィックが
人生を捧げてもよいと思える女性と出会って結婚
殺し屋は引退して普通の暮らしをしていたんだけど
幸せな生活は短く、妻は病死してしまう。
悲しみに暮れるジョンのもとに、ある日愛らしい子犬が届く。
妻からの最後の贈り物とともに立ち直ろうとするが
ある日「いい車に乗ってるじゃん」と絡まれ
無視したら深夜に襲撃を受けてしまう。
車は奪われ、賢い子犬は無残に殺される。

で、伝説の殺し屋が再び目覚めちゃう。

そういう話です。ただもう、この野郎俺の子犬をこの野郎、です。


敵は、かつてジョンが所属していたロシアンマフィアでして、
一番の標的になるのはマフィアのドンの息子。

ジョンはドン・ヴィゴの息子を狙うためになりふり構わないんですが
それがねえ、もうかっこいいんですよ。
真正面から徒歩で行くからね。

で、凄腕だった過去があるので、裏社会の大勢と知り合いなわけです。
みんながみんな彼に一目置いていて、
味方になってくれたり、逆らわなかったり、あえて狙ったり、いろいろなんですが
この「俺の考えた最強にかっこいい殺し屋の世界」がね、
一本筋が通っていてとてもいい感じ。

裏社会のみなさん専用のルールがあるホテルとか、
そこで使われる専用の金貨とかね。

ジョンの親友をやっているウィレム・デフォーもかなりいい。
っていうかヴィゴも渋くて素敵だし、
マフィアのみなさんみんなスーツで決めてて、
というかジョン・ウィックも仕事の時はドレスアップしていて
キメキメなので見ていてものすごく楽しいし
私好みのダンディがそこら中にちりばめてあってウキウキしましたよ。

この映画はグラスホッパーの須田剛一さんも非常にほめていて
私としては「なるほど」でした。
Killer7のダン・スミスってこんなイメージかもって
もうちょっと若いかな。ジョン・ウィックが若くてもう少し荒々しかったら
暴君ダン・スミスになると思いました。はい。
Killer7は大好きなゲームで、世界観はあんまり頭で考えると
くるくるぱーになってしまいそうな感じなんだけど、
それでも「かっこよさ」や「空気」にはしびれてしまう
良さを感じるべきものなんですが、
ジョン・ウィックもそうで、
一本筋の通った美学あふれる作品を
あまり考えずに楽しんだらいいものなんじゃないかと思いました。
こういうものを作りたい、と考えて、
その通りのものを作った、みたいな。
そういう熱が伝わってくる作品、いいよね。

キアヌのどこの国の人にも見える容貌に
伝説の殺し屋っていうキャラクターはよくあっていますな。


ホテルのフロントの人とか、気の利くバーテンの女性とか、
雰囲気をよく出せていてとにかく良かったです。
目で楽しむ作品としてかなりいい一本。満足満足。

2016-03-21(Mon)

「ピクセル」

ピクセル

2015年ハリウッド制作。
主演はアダム・サンドラーで、個人的にはすごく苦手なんだけどw
面白そうだったので見てみることに。


1982年、アーケードゲームの世界大会が行われ、
その時の映像が「当時地球で流行しているもの」としてテープに収められ
宇宙人へのメッセージとして打ち上げられる。

ところがそれを受け取った宇宙人が、
非常に攻撃的な挑戦状として認識し、
収録されていたアーケードゲームのルールで戦いを挑んでくる。
普通の軍隊ではうまく対応できずに、
当時ゲームのチャンピオンだった主人公たちに声がかかって
地球の存亡をかけた戦いが始まるのだった……

という物語。

アメリカン・ジョークと懐かしいゲームネタが満載で楽しい。
宇宙人はゲームをもとにした戦いを仕掛けてくるんだけど、
決してもとになったゲームのルールを破らない。
破らないので、ズルをすると怒るというかわいい仕様。

主人公のサムと、幼馴染のさえない仲間の大統領ウィル、
わけがわからないことばかり言うオタ丸出しだけどピュアなラドロー、
アーケードゲームのチャンピオンだった服役囚のエディ。
それから、軍の一員でサムのお客だったすてきなバツイチヴァイオレット。
世界を救うためにゲーマーがファイターになる話なんだけど、
とにかくゲームへのリスペクトがハンパなく、
ついでにいうとパックマンの製作者岩谷教授が、
演技すげえうまい!と思ったら本人じゃなかったっていうw

ご本人も出ているらしいんですけど、本人役じゃないんだって。


日本とアメリカでは流行るものもリリースされたものも差があって
時々わかんないキャラが混じってはいるんだけど、
大体は理解できるし、テトリスのパーツが降ってきて建物が消える演出は大爆笑。
ドラマ部分が少しもったりしているけど、
その辺は大目に見れば基本楽しいんじゃないでしょうかね!

2016-03-18(Fri)

「ゴースト/ニューヨークの幻」

「ゴースト/ニューヨークの幻」

1990年、ハリウッド映画。懐かしくてつい見てしまった。
ウーピー・ゴールドバーグの出世作であり、デミ・ムーアが本当にかわいくてたまらない。この後G.Iジェーンになると誰が思っただろう。

まじめな銀行員サムと、恋人で陶芸家のモリー。
二人は一緒に生活をはじめ、結婚も意識して、幸せの絶頂にいた。
しかしある夜、突然サムは暴漢に襲われて命を落としてしまう。
銃を持って襲ってきた男からモリーを守ろうとサムは必死に走るが、
男の姿を見失って戻った後、血だらけで恋人に抱かれている自分の姿を目にして驚く。
サムは死に、霊になってこの世にとどまってしまったのだ。

現世に残ったサムはモリーのそばにとどまり、
ある日、自分を殺した男が家に侵入してきて、衝撃的な事実を知ってしまう。
恋人を守り、自分の死の無念を果たすためにサムは動き始めるーー

って話なんだけど、これがなかなか。
男女の恋愛、死後の世界、勧善懲悪、コメディ、復讐、裏切り、修行、謎解きなどなど
目の離せなくなる要素がこれでもかってくらいちょうどよくたくさん詰まっている幕の内弁当みたいな作品なんだよね。それでいてきちんとまとまっていて、見終わったあとはほろ苦く、優しく、ほっとする気持ちにもなれる。すごい名作なのだなと今回改めて思いました。


サムは無念のうちに現世に留まって、同じ死後の世界の住人と出会う。
自分を陥れた人間を知り、自分の声を聞ける霊能者と出会い、
死者でありながらモノに触れられる男に弟子入りして特訓し、
モリーに迫る危機をなんとか追い払い、悪事がなされないよう駆け回る。

インチキ霊能者であったオダ・メイが死者の声を聴けるというのもいいし、
彼女が根はいい人間なんだけど、基本的には自分勝手で利己的なのもいい。
だけどいいやつだから、いろいろもめても最後は許せるっていうのもいい。

サムを陥れ、命を奪った人間にきっちりさばきが下るのもいい。
モリーに寄り添い、命を守ったサムが愛をしっかり伝えたあと、
光の中に去っていくさまもいい。
全部が全部ちょうどいいんだよね。
サムの怒りも、愛も。モリーのやさしさや祈りも。全部いい!

作中に流れる「アンチェインドメロディ」もいいよね。
「同じく」のセリフが効果的に使われているのも素晴らしい。
これほど隙のない作品ってなかなかないよね。
これだけ要素詰め込んで、きっちり2時間に収めているってすごいなあ。

ただただ恋愛を求めている人にはちょっと厳しい描写があるけれどね。
いやでも、デミ・ムーアが本当に可愛い。
ウーピー・ゴールドバーグは割と年齢不詳系だと思うけど、
今見ると若いなあって。いや、面白かったです。見てよかった。

2016-03-14(Mon)

「善き人に悪魔は訪れる」「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」

まとめて二つ。両作品とも2014年アメリカの作品。

善き人に悪魔は訪れる

嵐の夜、突然現れた見知らぬ男。
近くで事故を起こして困っているからと言われたら、
まったく善意を見せずにいられるか?

って形から始まる世にも恐ろしい物語。
映画はとある服役囚の、保釈の審理が始まるところから。
傷害致死の罪で5年刑務所に入っている男、コリン。
酒場で恋人に手出しをしてきた男を最終的に殺してしまった、という罪で刑に服しているんだけど、過去に起きた女性5人の殺人事件にかかわっているのではと疑われている身。
彼はナルシストで、自分の思い通りにならない現実を受け入れられない精神の持ち主で非常に危険だと審理の最中に言われ、保釈は結局叶わない。

とても知的で、穏やかで、ハンサムに見えるコリン。
だけどその中身は、審理で指摘された通りの身勝手極まりない男だった。
刑務所への帰り道、同行している護衛と運転手を殺害し、かつての恋人のところへ。
そこでも優しく理解のある顔を見せるも、彼女の現状はすべて調べ済み。
自分ではない男と付き合っている彼女を許さず、あっさりと命を奪い、次に向かうのは……。


サイコスリラー!とか銘打ってますが、スリラーじゃないかな。
これって、こういう人間が本当に実在するんですっていう
ドキュメンタリー的な映画なのだと思います。
だっているもんね。実際にね。最近ちょっと多いものね。
否定されることを受け入れられず、思い通りにいかなくなったときに我慢がきかない上、他人を傷つける精神って。
さらには、他人を痛めつけるためには手段を選ばず、躊躇もしない。
まさに悪魔がやってきたという話。

だけど悪魔がやってきてしまったのにも理由があってね。
やはり、信頼を裏切るのは良くない。ほんのちょっとくらいいいじゃない、ってゆるみの積み重ねが、悲劇を招いた。
ある意味、主人公テリーが襲われたのに理由があったのはちょっと良かったと思えるほど、コリンの理不尽さは際立っておりました。

この映画は、安易に人を信用してはいけない。
自分の身を守るためには少しやりすぎるくらいでいいよって教えてくれるんじゃないでしょうか……。
いや、これ実話をもとに、とかじゃないよね? 
楽しい気持ちになる瞬間はゼロなので、警戒心の薄い人への教材に使うといいかも。



それから、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
タイトルの切れ目がなぜそこなのか気になる、アカデミー賞受賞作品。
主演はマイケル・キートンで、エドワード・ノートン、ナオミ・ワッツなんかも出てます。

すーっと胸に入ってくる映画かというと、ちょっと難しいかもしれない。
人間の負の感情をあますところなく描いて、現実と心の世界をゆらゆら揺れながら、
だけどこれ、ジャンル的にコメディになってるんだよねっていう難しさがある。
笑っていいのかどうか、笑うべきなのかもしれないけど、胸が痛む部分が多くてさ。

主人公であるリーガンは、かつて「バードマン」というタイトルのヒーロー映画で一躍大スターになった俳優なんだけど、その栄光も20年前の「バードマン3」までの話。
自分についてまわる「バードマン」の名を嫌がり、再起をかけてブロードウェイで舞台に挑戦する。
かつて自分の演劇をほめてくれた作家の少しばかり地味な短編を、脚本、演出、主演すべて自分でやろうとしている。
ところが、一緒に舞台に立つ俳優は演技がイマイチ。
けがをしたので代役にブロードウェイでは名の売れた男が来てくれるけど、有能なのに破天荒すぎて舞台のプレビューをぶち壊されてしまう。
付き合っている女の子は妊娠したと言い出し、付き人をやっている娘は薬物依存から抜け出そうとリハビリの真っ最中なんだけど、うまくいかなくて世界で最大級の言葉のナイフを突き立てられてしまう。
さらには、ブロードウェイでは一番の影響力を持つ批評家のタビサの怒りも買う。
彼女は「映画界」からやってきた人間が大嫌いで、そもそも見る気もないくせに酷評してやるとがなりたててくるから。

とまあ、リーガンに起きる出来事はかなりさんざん。
過去のスター、しかもヒーローものしか代表作がないという絶妙な立ち位置に加えて、
現代の大勢の無邪気な一般市民の攻撃、+インターネット拡散の暴力が加わり、
自分はできる、いやできないと表現者ならではの不安な心理状態で世界はグラグラ、
そして、才能のあるなし、自分のほうが上だ、下だ、認められている、愛されている、成功している、見てもらっている、承認に対する欲求とそんなの求めても無駄だというあきらめがぶつかり合って、追い詰められて追い詰められてそして……

カメラワークはとても凝っていて、見ていて飽きない。
物語は濃厚なんだけど、それに加えてリーガンには摩訶不思議な力がある。
これが現実なのか、それとも妄想なのか?
どちらで解釈しても面白いんじゃないでしょうか。

なんにせよ、表現者を仕事にするっていうのは本当に大変なことだと思うんです。
作家や漫画家もそう。映画監督も、ゲーム制作もそう。
もっと大変なのは、自分自身を売り物にし、プライベートと仕事の境界線があいまいな、
世間に姿をさらし続けている俳優やアーティストたちなんじゃないでしょうか。

他人への妬みや、自分との比較、本音だからこそ許せない言葉もあり、真実なのに受け入れられない出来事もあり。人間はいつも複雑で、だからこそアーティストと呼ばれる人たちは、たびたび追い詰められるのだろうなあと思います。はい。

ラストシーンについても、解釈の仕方がそれぞれ分かれるんじゃないかな。
単純に明るく、奇跡が起きたのだと思ってもいい。
悲しいけれど、すべては夢だったのだと考えてもいい。
そんな映画なんじゃないでしょうか。
本来はもうちょっと気楽に、いろいろ笑い飛ばしていいのかもしれないけど、
だけど私のような感傷的な観客にはそうできないかなと思います。

ただアレだよね。あれだけ意地悪な批評家がほめたポイント、ズレてんなってw
それだけは大勢と共感できたらいいかな。

にしても、エドワード・ノートンのちょっとサイコな奴やらせたらすごいのよ感は相変わらずでうれしかったです。