気が付けば返却期限が迫っている。
もうちょっと余裕があるかと思いきや……そんなことなかった。
というわけで大急ぎで
「
ザ・ロック」
安定のマイケル・ベイ。
なんだろうね、このマイケル・ベイ感。
マイケル・ベイが撮りましたよって空気が全編に漂っている。
これが監督の力なのか……と。
ショーン・コネリー、ニコラス・ケイジ、そしてエド・ハリスとスターの競演っぷりも素敵。
乗っ取られた「不落の要塞」アルカトラズ島に
潜入して毒ガス入りミサイルをなんとかせよ!
↓
なんとかなった!
というお話。ショーン・コネリーはやっぱりカッコいい。渋カッコいい。
ニコラス・ケイジはいつも通りのモト冬樹。
マイケル・ベイ監督は串刺し好きだよねw
「また串刺しにしたー!」ってエキサイトしながら観ました。ベイだった。
お次は
「
ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」
我ながら随分傾向の違う話を連続でみたなあという感じ。
1960年代のアメリカ、
黒人を当然のように差別し、こき使う時代に、
彼女らの立場、心に押しとどめている叫びを拾い上げて、出版する。
それも、若い白人女性が、というお話。
本を出版するスキーターが大学を卒業して地元へ戻ると、
友人たちはみんな結婚して子供を産み、
家で雇っている「ヘルプ」の黒人女性に家事と育児をさせている。
料理も掃除も子育てもさせるのに、同じトイレは使わせない。
できるだけ低賃金でこき使うし、気に入らなければクビにする。
そういう時代であり、土地によって差はあるだろうけれども、
「これが当然」だった。という話。
今となっては「酷い」けれども、
「彼女たちも同じ人間」だなんて発想がそもそもない世界で生きているので、
スキーターの友人たちはヘルプたちの気持ちなんかカケラも考えやしない。
スキーターは自分を育てたヘルプのコンスタンティンに愛情を抱いていて、
大学に通っている間に彼女がいなくなったことを疑問に思っている。
家族からは「自身の子供たちのもとへ帰った」と聞かされているけれど、
スキーターを愛情深く育てたコンスタンティンがなんの伝言もなく
去っていくはずがないと確信を抱いている。
そんなスキーターなので、友人たちがヘルプにつらくあたり、
当然のように差別する様を黙って見ていられない。
出版社で働きたい、小説家になりたいという夢もあり、
ヘルプたちの本音を聞き出して本にしようと考える。
ヘルプたちはなかなか本音を話さない。
不平不満を言えば、白人に逆らえば当然のように殺される時代だから。
「
ヘアスプレー」や「
ドリームガールズ」でも描かれていた
「黒人は差別されて当然」の時代。
同じ人間として扱って欲しいという願いを口に出すことすら憚られていて、
今も差別は間違いなく地球上に残っているけれど、
ここまで来るのにどれだけの苦労があっただろうなあと考えさせられる。
この作品は「黒人への差別」が主体となっているけれど、
「男尊女卑」についても同時に描かれている。
女性はさっさと結婚して、仕事なんかしないで子供産んで育てろと。
ついでに、「相手に嫌がらせして平気な人間」は、どんな相手だって平気で見下すよね、とも。
実母を施設に追いやり、気に入らないからとシーリアを締め出すヒリー。
彼女の描き方も秀逸だった。とても。あそこまでイヤな役を演じきって、
いや女優って素晴らしいですねと。
差別ダメ、いじめはダメ、と言いつつ、人の心は弱い。
あなたは強くしなやかな心を持っていますか?と
問いかけられるような作品だった。染みた。